Webの仕事を始めて10年が経った。今までの振り返りとこれからのこと

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少し時間が経ってしまいましたが、2017年8月1日でWebの仕事を始めてから10年が経ちました。
個人的な話となりますが、節目のタイミングということもあり、今回は僕の過去とこれから考えていることを綴ってみました。

もし興味がありましたら、最後までお付き合いください。




そもそもLittle SpringのKoizumiってどんな人?

名乗る程の者でも無いですが(笑)、都内のIT系企業でWebディレクターとして勤務しています。

こちらのページにプロフィールも書いています。”LittleSpringのプロフィールページ

経歴は下記の通りです。

  1. 高校卒業後にコンピューター系の専門学校に通う
  2. 某印刷会社でDTPを1年程
  3. パソコン販売店の店員を6年半ぐらい
  4. Web業界:HTMLコーダーやアシスタントディレクター、企業のWeb担当など
  5. Web業界:ディレクターがメイン ←イマココ

こんな感じで、日々Webサイトをつくる仕事を続けています。

Web業界に来る前の話

まずは今となっては懐かしい、Web業界に来る前…2000年代前半ぐらいの時期を振り返ってみました。

専門学校〜印刷会社の派遣時代

高校を卒業後は、当時存在していた「マルチメディアコンテンツ」の制作やPC周りの勉強を、コンピューター系の専門学校で学びました。
「マルチメディアコンテンツ」というのは、例えばPC雑誌の付録や、家電量販店などで配っていた、インターネットのプロバイダー契約用のCD-ROMなどが代表的です。他には企業の販促目的の物も存在していました。今では全て、Webに取って代わられていますね。
数年後にAdobe社に吸収合併されてしまったMacromedia社の、「Director」というアプリケーションを使って作っていました。

この学校の授業の一環で、当時すぐに仕事になったDTPと、今後日本でも普及してくると言われていた「Web」について学びました。(おまけレベルでしたが)
Webは最先端の感じがして、マルチメディアコンテンツやDTPよりも、強い興味を惹かれていました。

専門学校を卒業後は、派遣勤務で某印刷会社にてDTPの仕事をすることになりました。ですが、1年後の派遣会社の更新タイミングで、契約を継続せずに辞めてしまいました。DTPはやりたかった分野ではなく、「とにかく決まった所で」という考えで就職活動をしたのが、おそらく原因ですね。。。制作の仕事に対しても、若い時は夢を見過ぎていたというのもあったと思います。

自分でWebサイトを作ってみた

専門学校で存在だけ知り、ずっと頭に残っていたWebですが、実際に自分の目で見てみたいと思い、プロバイダを契約してインターネットの世界に飛び込んでみることにしました。
様々な人々が作っていた趣味の「ホームページ」を見たり、BBS(掲示板)でその管理人さんや他の来訪者たちと、共通の趣味でよく盛り上がっていました。

やがて、好きだった日本史について多くの人々に知識を伝えたいと思い、ホームページを作って運用をしてみることにしました。

これが僕のWebサイト制作の始まりです。

自分で作ってみて、初めてFTPソフトでサーバにアップロードをして、ブラウザで見れた時は、「このサイトで世界中に情報発信ができるんだ!」と感動したのは今でも覚えています。

最初は「ホームページビルダー」というアプリケーションで作っていましたが、「HTMLやCSSを書けると出来ることの幅が広がる」というのをあるサイトで知り、独学で勉強していきました。

この歴史系サイトは、次の項で書いているパソコン販売店時代にも、仕事のかたわら運営を続けていました。

パソコン販売店の店員時代

印刷会社の派遣を辞めた後ですが、とりあえずパソコン販売店のアルバイトに応募して働いてみることにしました。

何となく応募したアルバイトですが、商品の知識や接客スキルだけでなく、後輩の相談に乗ったり、売上予算を達成するためにフロアでどう動いていくべきか、どの商品を重点的に売っていくべきか?といった考え方や、お客様のクレームに対応したりなど、仕事の基盤となる様々なことを経験しました。

この時代にお世話になった方々は、一生忘れることは無いだろうし、僕の社会人としての原点だと今でも思っています。

パソコン販売の仕事をしながら、趣味の歴史サイトを運営していましたが、「あること」がきっかけで、「Webサイト制作を仕事にできないか?」ということを考える様になりました。

Web業界で働くことになったきっかけと当時の話

僕がパソコン販売店を退職する、直前1年間ぐらいのことでしょうか。会社がWebサイトでの通販に力を入れ始めました。
当初は「Webサイトで、パソコンなんて高額商品が売れるのかな?」と疑問だったのですが、その考えは間違いでした。
Webサイトを見て連絡したというお客さまから注文が入ったり(しかも遠方!)、客足が遠のく雨の日でも、Webサイト経由で売上が出る様になりました。

「Webによって、さらに世の中が変わっていくな」ということを強く感じた出来事です。

自分でWebサイトを作って運用していたので少しは知識もあったのと、この事がきっかけで、Web業界で働くことを目指す様になりました。

そして30歳の時にWeb業界にやって来た

たまたまWebの事業部を新規に立ち上げるという企業があったので、そこに応募して採用されました。

その時僕は30歳で、最近でこそ珍しくはないですが、当時としてはかなり遅いスタートラインだったと自分でも思います。
10年前なので、業界的には「Web2.0」という言葉が、バズワード的に流行っていた時代ですね。UIも今のフラットデザインの真逆で、光沢がたくさん使われた物が流行りでした。

実際にWebサイトの業務に携わってみると、趣味でやっていたレベルのことが、まるで通用しない。。。光沢があるボタン作成も苦労し、独学で自身があったHTMLコーディングも仕事となると全く違うものでした。
しかし、それよりもっとギャップを感じたのは、コーポレートサイト1つとっても、クライアントや社内のスタッフも含めて、多くの人々が関わり様々な意見や要望が飛び交う点です。このギャップを埋めるのも初めは戸惑っていましたが、面白くもありました。

これではまずいなと思い、少しでも知識や技術力を上げるため、仕事帰りの電車で書籍を読んで、帰宅後は深夜まで実際に手を動かして個人のサイトを作るなど、かなり必死になっていました。

また、この会社で出会った先輩や一緒働いた同僚には、会社が変わってからも転職の相談に乗って頂いたり、仕事で助けてもらったりと、感謝してもしきれません。

その後何社か転職をし、ディレクターのアシスタントや、一般企業のWeb担当として自社サイトのディレクションや制作業務(パーツを作ったりコーディング・CMS構築をしたりとか)を経て、現在は受託のディレクターをメインで担当しています。

今となっては半分ネタ話ですが、途中でリーマンショックの影響でリストラもありました。
もっと厳しかったのは、勤めていた会社の業績が悪化し、最終的に倒産というのもありました。こればっかりは、そのまま勤務し続けてもどうすることもできなかったので、倒産の少し前に退職して最後は見届けていません。この時はキツかった。。。

この様に、途中で何度かピンチを迎えていますが、乗り越えて今に至りました。正直なところ、「よく生き残ってこれたな」という思いが強いです。

何とか続けて来たWebの仕事ですが、本当にやめようと思った時が1度だけあります。前述した、会社が倒産寸前になり退職した時です。さすがにもう無理かもと…。
この時も相談に乗って頂いたり応援してくれた人々がいたのですが、続けようと思ったきっかけがもう1つあって、たまたま書店で見かけたこの本に出会ったからです。

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ネットで成功しているのは〈やめない人たち〉である
著:いしたに まさき

本の内容とは多少趣旨が異なりますが、本のタイトルの通り、「やめなければ、諦めなければ、何とかなる」と思い、転職活動を続け就職先を見つけました。

過去から今まで一貫して持ち続けているもの。〜そしてこれからも

僕は昔から、日本の歴史や過去の時代の芸術が好きでしたが、それと同じくらい新しいテクノロジーが好きでした。
相反しそうな物ではありますが、最終的に生きる道に繋がっているのは、コンピューターやWebといったテクノロジーの方です。

信念と書くと大袈裟で、はっきりと言葉にしたのもこれが初めてですが、

「新しいテクノロジーが好きだ。そのテクノロジーの恩恵や新しい体験を、人々に届けることをして行きたい」

という考えをずっと持ち続けています。

パソコン販売店時代は、会社としては売上を上げるのがもちろん第一優先でしたが、それに加えて僕がパソコンを売ることで「インターネットの世界に触れて、新しい体験を出来る人を増やしたい」「パソコンを使ってもの作りをして、可能性を広げてくれる人を増やしたい」という意識で仕事をしていました。

今はそれがWebサイト制作に変わりましたが、Webサイトというテクノロジーを利用してくれる人々や、クライアントの企業活動に役に立てて欲しいという点では同じです。


昨年あたりから、世の中に「Webサイトの次のもの」が、はっきりと見え始めて来ました。
今後時代が変化していっても、テクノロジーの恩恵と新しい体験を、まずは目の前の人たちに。やがては、もっと多くの人々に届けることを目指し、これからも続けて行きたいと思います。